銀行等の預貯金口座は、その口座の名義人が亡くなったことがわかると、銀行によって、いわゆる凍結されてしまいます。

凍結されてしまうと、以降、その口座に対して一切の入出金ができなくなってしまいます。

それと同時に、誰に相続させるのかを記した遺言書が無く、かつ、複数の共同相続人がいる場合には、その口座の預貯金債権は、遺産分割の対象となり、共同相続人全員の共有財産となります。

つまり、共同相続人全員で遺産分割協議を行い、その口座の預貯金を誰が相続するのか、帰属が決まるまでは、基本的に共同相続人全員の同意がない限り、単独で払戻し等を受けることができません。

同意が得られなくても家庭裁判所に対し、分割の申立をし認めてもらえば、払戻しが可能となりますが、必ずしも認められるとは限らず、また、時間や手間がかかってしまいます。

これでは被相続人と生計をともにしていた相続人の生活費や葬儀費用の支払い、口座を振替先としていた公共料金等の支払い等の資金需要に迅速にこたえることができません。

そこで、2018年(平成30年)7月の民法改正により、預貯金額の一定割合であれば、家庭裁判所の判断を経るまでもなく、単独で払戻しを受ける制度が新設されました。(民909条の2

遺産分割前における預貯金債権の払戻し制度の概要

ではまず、改正前と改正後ではどのような違いがあるのか、もう一度整理してみましょう。

改正前

  • 被相続人名義の預貯金口座から払戻す際には、他の共同相続人全員の同意が必要。
  • 全員の同意が得られなければ、家庭裁判所に分割の申立てを行う。
  • 家庭裁判所に申立てても、他の共同相続人の利益を害する場合等認められない場合もある。

改正後

  • 民法で定められた額の範囲内であれば、共同相続人の同意が無くても単独での払い戻しが可能。
  • 民法に規定された額の範囲内の払戻しであれば、家庭裁判所の判断を経る必要が無い。

では、単独で払戻しを受けることのできる額とはどのように定められているのでしょうか。

単独で預貯金債権の払戻しができる額

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条(法定相続分)及び第九百一条(代襲者の相続分)の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(省略・・・預貯金債権の債務者(金融機関)ごとに法務省令で定める額を限度とする)については、他の共同相続人の同意がなくても単独でその権利を行使することができる。

民法909条の2より抜粋

この条文を計算式として整理しますと、以下のようになります。

計算式

単独で払戻しを請求できる額 =(相続開始時の預貯金債権の額)× 1/3 ×(払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

一つの金融機関における払戻し上限額

仮に、一つの金融機関に複数の支店、複数の口座が存在していた場合でも、その同一金融機関から払戻しができる上限額は法務省令で定められています。

その上限額は、一金融機関あたり150万円です。(平成30年法務省令第29号

つまり、上記計算式で算定された単独で払戻しを請求できる額が、例えば200万円であっても、一つの金融機関に対し払戻しの請求ができる額は150万円までとなります。

上記計算式や上限額を踏まえた計算例は以下のようになります。

計算例

請求者:法定相続分1/2の相続人

A銀行:普通預金300万円、定期預金900万円(※定期預金は満期到来後とする)

B銀行:普通預金600万円

A銀行

普通預金:300万円 × 1/3 × 1/2 = 50万円

定期預金:900万円 × 1/3 × 1/2 = 150万円

※計算上はA銀行から払戻しを受けることができる額は合計200万円だが、上限が150万円なので、A銀行からは150万円までしか払戻すことができない(上限額の範囲内でどちらの口座からいくら払戻すのかは請求者の任意)。

B銀行

普通預金:600万円 × 1/3 × 1/2 = 100万円

※A銀行から払戻しを受けた上で、B銀行からは100万円の払戻しを受けることも可能。

※計算の基となる預貯金債権額は、A銀行、B銀行の預金の合計ではなく、口座ごと、定期預金は明細ごとに払い戻せる金額を算定する必要があります

払戻した預貯金債権の扱い

上述のように、遺産分割前に単独で払戻しを受けた預貯金債権の扱いはどうなるのでしょうか?

この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

民法909条の2後段

とありますように、払戻しを受けた当該相続人が、一部分割により取得したとみなされ、遺産分割協議で決まった具体的相続分から払戻した金額を差し引き、他の相続人との公平性を図ることになります。

その際、仮に払戻しを受けた相続人の具体的相続分よりも払戻し金額が超えてしまった場合、その超えた金額は、当該相続人の固有の財産から精算しなければならない債務を負います。

払戻しを請求する際に必要となる手続き

遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度を利用するには、直接、払戻しを請求する金融機関の窓口で手続きを行います。

その際、下記のような書類が必要になってきます。

  • 故人の除籍全部事項証明書
  • 故人の出生から死亡までの連続した戸籍全部事項証明書
  • 相続人全員のそれぞれの戸籍全部事項証明書
  • 払戻し請求者の印鑑登録証明書

※金融機関によって、求められる書類が異なる可能性もありますので、事前に対象金融機関にご確認ください。

家庭裁判所の仮分割の仮処分の要件を緩和

上述してきました民法改正による遺産分割前における預貯金債権の払戻し制度新設とは別に、払戻しを希望しても共同相続人の同意が得られなかった場合、従来より、家庭裁判所に対して、相続財産の分割の審判や調停を申立て、預貯金債権の仮分割の仮処分を受けるという方法もありました。

しかし、この仮分割の仮処分は、「急迫の危険を防止するため必要があるとき」という厳しい要件があったため、なかなか認められないことも多くあったようです。

そこで、民法改正による遺産分割前における預貯金債権の払戻し制度新設と併せて、家事事件手続法200条3項が新設され、対象財産が預貯金債権に限って、要件が緩和されたことにより、従前に比べ比較的容易に払戻しが認められやすくなると期待されています。( 家事事件手続法200条

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