遺産の分割は、相続開始時にさかのぼってその効力が生じます。(民909条)
遺産分割協議において、全員の合意が得られば、その証として遺産分割協議書を作成し、相続人全員が署名捺印をすることにより、相続開始時に遡って、相続人の権利義務の帰属が確定します。
つまり、被相続人の死亡により、一旦、相続人全員の共有となっていた相続財産も遺産分割が終了すれば、被相続人の死亡の時から直接、その財産の相続人が所有していたものと扱われます。
よって、法的安定性を確保するためにも、一度合意に至った遺産分割は、基本的に、何度もやり直すものではありません。
しかし、さまざまな事情により、やり直しができる場合があります。
では、やり直しができるケースとして、どのようなものがあるのでしょうか。
遺産分割に瑕疵があり取消せるケース
遺産分割協議において、相続人が意思表示をする過程で、錯誤(勘違い)、詐欺(だまされた)、強迫(脅された)などの瑕疵があれば、遺産分割協議の取消ができる場合があります。
また、相続人のうち、遺産分割を制限されている制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人)が、代理人を介さず単独で遺産分割協議に参加した場合にも取消事由となります。
取消が認められれば、遺産分割協議の内容はさかのぼって最初から無かったことになりますので、再度、遺産分割協議をやり直すことになります。
取消が認められる事例
- 遺産の一部が遺産分割の対象から漏れていた場合、漏れていた財産については改めて分割協議を行えばよいが、もし、漏れていたことを知っていれば、そのような分割協議をしなかったであろうと認められるケース
- 相続人全員が、遺言書の存在を知らずに遺産分割協議を行った事例で、遺言書の存在を知っていれば、遺産分割の意思表示をしなかったであろう蓋然性が高いとして、錯誤による取消が認められた。(最判平5.12.16)
- 相続人ではない者が参加し遺産分割協議が行われた場合、その相続権がない者が取得した部分についてのみ無効として再分割を行えばよいが、仮に、その相続人が参加しなければ、協議内容が大きく異なっていたであろうと認められるときは、分割協議全部が無効となる。(大阪池判平18.5.15)
取消権の時効
この取消権を行使できる期間は、「追認をすることができる時から5年、行為の時から20年のうち、どちらか早く経過した時点で消滅」します。(民126条)
「追認できる時」とは、取消の原因となっていた状況から脱して、(つまり、制限行為能力者が行為能力者となる、あるいは詐欺や強迫等の状態を脱して)、遺産分割協議の内容に同意するのかしないのかといった適切な判断ができるようになった時という意味です。
遺産分割協議が無効とされるケース
遺産分割協議において、法的要件を欠いている場合、最初から無効となるため、再分割を行わなければならないケースです。
無効となる事例
法定相続人全員が参加せずに行われた分割協議
遺産分割協議は、相続権を有する者、全員の同意が必要です。
全員の同意を得るには、法定相続人全員が参加して分割協議が行われる必要がありますので、一人でも欠けた状態で遺産分割協議を成立させても無効となります。
利益相反にあたる相続人が代理人を選任せずに行った分割協議
例えば、相続人が配偶者(母親)Aと未成年の子供Bだった場合、AはBの法定代理人として、Bを代理して分割協議を行う立場であると同時に、相続人でもあるため、Bと利害が衝突してしまいます。
これを利益相反行為といい、このような場合はBのために、家庭裁判所に母親に代わり遺産分割協議を代理する特別代理人の選任の申立を行わなければなりません。(民826条)
しかし、特別代理人を選任せずに行った遺産分割協議は無権代理行為となり、未成年の子供が成年後に追認(同意)しない限り、無効となってしまいます。
また、相続人が配偶者(母親)A とその子供Bであり、BがAの成年後見人になっている場合の遺産分割協議も同じく利益相反行為にあたり、特別代理人を選任しなければなりません。
遺産分割協議の解除ができるケース
遺産分割協議を相続人の意思で解除することはできるのでしょうか。
判例によれば、一度遺産分割協議が成立したものの、全員の合意により遺産分割協議の全部または一部を解除したうえで、改めて分割協議を成立させることができるとしています。(最判平2.9.27)
つまり、相続人全員が解除してやり直すことに合意しさえすれば、上述のケースにかかわらず、やり直すことが可能となります。
債務不履行による解除はできない
例えば、残された母親の介護をすることを条件に子供のうちの1人に多額の財産を取得させたにもかかわらず、その子供がまったく介護をしなかった場合、あるいは、代償分割に合意した相続人が代償金を支払わないといったように、相続人間で債務不履行が生じる場合があります。
その際、他の相続人が、こうした債務不履行を主張して、分割協議の解除をすることはできません。(最判平2.9.27)
ただし、こうしたケースでも全員が解除することに合意すれば、再度、やり直すことは可能です。
遺産分割協議のやり直しをする際のリスク
一度成立した遺産分割協議をやり直す場合、一定のリスクがあることを留意しておきましょう。
すでに第三者に不動産を売却している場合
最初の遺産分割協議後に、相続人が第三者に相続した不動産等を売却した場合、その第三者を保護するために、ケースによっては売却した不動産の返還を請求できない場合があります。
その際、売却代金で代償分割するという方法もありますが、どうしても現物で取り戻したいという場合には留意が必要です。
相続税を納めた後にやり直す場合
上述のケースで、法的に無効な分割協議をやり直す際には、最初から分割協議が成立していないことになりますので、再度、やり直した協議内容を元に、相続税の修正申告等を行うという流れになるかと思われますが、合意解除によるやり直しの際には、留意が必要です。
例えば、最初の合意内容を基に、相続人A,Bの口座に金銭が分配されたとします。
その後のやり直しにより最初とは具体的な相続分が異なり、AからBに過分の金銭が移動した場合、税法上、AからBへの贈与として扱われ、金額によっては、最初の相続税とは別に、贈与税を支払わなければならなくなる場合もあります。
よって、やり直しをする際には事前に税理士に相談した方が良いでしょう。
まとめ
いったん成立した遺産分割協議のやり直しができるかということについてお伝えしてきました。
上述のように、基本的には相続人全員の合意があれば、最初の分割協議を破棄し、改めてやり直すことはできます。
ただし、やり直した際には、上述のようなリスクもありますので、あらかじめ留意の上、やり直した方がいいでしょう。
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